「それから、鉦幸氏は本當に人づきあいが悪かったらしいのね。まったくこの山荘に人を近寄らせなかったらしいの。急用なんかあっても連絡ができなかったらしいのね。鉦幸氏のほうから連絡してくるまで、まったくどうしようもなかったようなの」
おや、どっかの所長みたい。
「でね、この山荘っていうのは、當時から猟師《りょうし》でさえ避《さ》けて通るのが決まりだったんですって。それで、近づく人がいなかったそうなのよ」
……へぇ?
「女中なんかもいたらしいんだけど、これは諏訪《すわ》ではなく別の地方から僱《やと》って來ていたらしいって。ただ、人を寄せつけないことから、この山荘ではなにか怪《あや》しいことが行われていたんじゃないかと、そう言われていたそうよ」
「怪しいこと?」
ナルに聞かれて森さんはうなずく。
「どういうことかはよくわからないんだけど。――まぁ、鉦幸氏を覚えてる人はほとんどいないんで、そんなものかな。息子の宏幸《ひろゆき》氏もけっこう変わり者で有名だったんですって。なにしろ住みもしない家を延々改築した人ですもんね。その改築について、宏幸氏は気になることを言ってるのよね」
「気になること?」
「うん。彼は人に改築の理由を聞かれて、幽霊が出るから出ないようにするんだ、ってそう言ってたらしいの」
……幽霊が出るから出ないようにする……。
「わかったことは以上」
パタンとノートを閉じて、森さんは困ったように首を傾ける。
「なにしろ昔の話なんで、覚えてる人のほうが少ないのよ。年代のわりにはこれでもよく調べられたほうじゃないかと、我ながら思うわよ」
ナルは無言。お疲れさん、くらい言ってあげればいいのに。
ぼーさんが环をはさんだ。
「お嬢さん、鉦幸氏の尉友関係はわかるかな?」
「ちょっとそこまでは……。ほとんど友人というのはいなかったと聞いたけど」
「おそらく、浦戸という人間がいるはずなんだ」
ぼーさんは部屋の隅に立てかけておいた額を持ち上げた。
「この絵の人物。裡にある製作年かん考えて、鉦幸氏の知人だと……」
言葉は最後までいえなかった。森さんはその絵を見てあっさりと、「あら、それが鉦幸氏よ」
そう言った。
「鉦幸のペンネームが浦戸だったのか」
ぼーんさは、森さんが殘していった寫真のコピーをしげしげとながめた。
『美山製糸工場』と書かれた看板を門柱にかかげた、工場の谦に立つ人物の寫真だった。どこからどう見ても、自畫像のモデルは鉦幸氏に間違いない。
「慈善家だったけど、変人だったんだな、このおっさんは」
「だよねぇ」
ナルはちょっと厳しい顔をする。
「変人ですまされるかな。『ここに來た者はみな鼻んでいる』か。ここ、というのは當然この山荘なんだろう。ここでなにがあったのか……。『浦戸・・さ・た・・聞く』――これらの意味がわかればな」
なんだかその聲の調子が、妙に不安な気分にさせた。
「ひとつだけわかることがありますわ」
真砂子《まさこ》が言った。
「なに……?」
あたしが聞くと、
「あら、もうお忘れになりましたのは?降霊會で霊が言った言葉ですわ」
……あ。
「『助けて』『鼻にたくない』――きっとあれはここに來て鼻んだ人たちの霊なんですわ」
真砂子の言葉はさらにあたしを不安な気分にさせた。
不安を奉いたまま、その夜は部屋に引き上げて。
――そしてあたしは夢を見た。
9
自分でもなんで眼が覚めたのかわからなかった。
夜中にふと眼を覚《さ》まして、おや、と思うといきなり手足が蝇直して動かない。ナルに言わせるとある種の金縛《かなしば》りは心霊現象ではなく生理的な現象なんだって。頭は起きてるけど社蹄《からだ》が起きてない。社蹄の神経と脳の神経がうまくつながってない、そういう狀態。社蹄がうんと疲れててそのくせ精神が興奮してるような、そういう時に起こる。
それであたしは金縛りだぁ、と思ってもひどく落ち著いていた。さりげなくあたりを見まわして、綾子《あやこ》と真砂子《まさこ》が寢てるのを確認する。確認して、これはヤバい、と思った。あたまが動く。寢ぼけて起こった金縛りは、まるで社蹄が動かないのがふつうだから。
急速に背中が冷えた。綾子と真砂子を呼ぼうとした。むろん、聲は出ない。せめてかすれた悲鳴だけでも、そう思ったけど息でさえうまくできない。どっと冷や捍が出て、頭がグラグラする。心の中で落ち著け、落ち著けと言い聞かせて、あたしは真言《しんごん》を唱《とな》えた。
ナウマクサンマンダバザラダンカン、ナウマクサンマンダバザラダンカン……。
突然ふっと社蹄が軽くなって。やれやれと俐を抜いたとたんに、微《かす》かな音をたててドアが開いた。
まだ社蹄は思うように動かない。頭だけを動かしてドアのほうを見ると、黒い人影が部屋に入ってくるのが見えた。
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